Monologue

行くぜ! ベトナムホーチミン! 弾丸1.5日 Go! with MOON の旅【前編】

なんだって始まりは突然だ。
次の休暇で、特に予定が無い事をShige-san と話していた時、その時は来る。
「来週ベトナム行くか!?」

この時点でベトナムという国自体は知っているが、言語も都市の名称も特産物も知らない。正直僕の予備知識は0%だ。
とはいえ、僕のような引っ込み思案の人間にはまたしてもないチャンス、即答、いや被せ気味で「行ってきます!」と答える。

行ってみれば、なんとかなる。僕の人生41年、カッコつけているわけではないが、計画的に動いた事はいつだってない。珍道中のレパートリーはデパート並みに沢山ある。

アジア。そう、ここ数年、Shige-san を始め、Wildman、そして翻訳ソフトで「アジア名人」と打ち込めば「Sunny Yano」とそのうち出てくるんじゃないかと思うくらいエキスパート化した矢野君は、マレーシア、タイ、インドネシア、シンガポール、台湾、韓国などアジアでの活動が盛んである。

遂にきたぜ、アジア出張…….出張?目的の設定はどうしよう。とある一つの目的はあるが、ベトナムでその期間イベントも無ければ、MOONEYES Dealer もいない。さすがに目的まで0%じゃ意味がないのでShige-sanに聞いてみる。
「そうだな、ベトナムは誰も行っていないから市場調査だ!」

市場調査…..
販売促進、価格、消費者、潜在需要、販売、商品、販路、広告………企業が行うマーケティング活動に必要なあらゆる活動……
まるでバリバリ出来るサラリーマンみたいじゃないか!

その日の内にエアチケットを確保し、帰宅してから目を瞑り、エア市場調査の妄想を重ねる。妄想は僕の十八番だ。

行くぜ!ベトナムホーチミン!!

2月14日(木)出発日
夜も明けぬ早朝、自宅を出発し、青空が出てきた頃、成田空港に到着。

最近はUSA出張で活用するのはもっぱら羽田空港発の便なので久しぶりの成田空港。ここが僕のガチガチのガチで地元でありルーツである。40年以上前、成田空港が出来た事で僕の両親は、横浜から千葉へ引っ越し、僕自身高校時代、父が勤めていた機内食の会社でアルバイトをしていた。ベルトコンベアー式の大型オーブンへ指定された時間設定で食材を流し込む単純作業などやっていたが、一度「1分」の時間設定のベーコンの目盛りを見間違えて「7分」設定にしてしまい、飛行機1便分のベーコン全てをカリカリを通り越した黒焦げの炭にしてしまった苦い思い出がある。悪意は全くなくすぐ謝罪をして事なきを得たが、今そんな事をしていたらバイトテロと言われていたかもしれない。

その後、準学士資格を取る為、当時の新東京国際空港公団(現NAA)で1ヶ月インターン研修もしていた。研修中、勝手に閃いて公団の方に企画プレゼンした滑走路の路面補修方法の提案は我ながら画期的だと興奮したが、今現在もその方法を活用した滑走路を見た事がない。相当現実的ではなかったのだろう。アルバイトもインターン研修も今の自分の業務に役立っているとは思えないが、その後、社会に出た時、大工の棟梁さんに「意味のない時間は1秒もないんだ」と言われたので、この成田空港に育てられた部分もあるんだと思うようにしている。

それにしても寒い。3.9度….。これから暑い国に行くのでなるべく薄着でとT-Shirt にネルシャツを羽織っただけだったのが余計悔やまれる。

初めてのベトナムエアーのチェックインもスマートにこなし、銀行で初めてベトナムの通貨を手にした。

通貨はドン。10,000ドンが¥50……ゼロが多すぎなので深く考えないようにした。それでも財布がパンパンに膨れたので思わず「すごくない?すごくない?」と誰かに話しかけたいが一人なので写真を撮る。

ちなみにこのウォレットはBackdrop Leathers さんにお願いしてMOON Equipped 仕様で作ってもらった一点物。これがきっかけでMOON Equipped ツール ロールを現在販売している。好きな事を仕事にするのは何物にも代えがたい幸せである。

無心で歩き、搭乗口に到着。ここまで来ると一安心で、ポケットの中身を全て手持ちのバッグに入れて身軽にするのがいつもの僕のルーティン。ポケットには、水と搭乗券とパスポートがあれば良い。

水ヨシ! 搭乗券ヨシ! パスポート…無い! えー!!!! パスポートが無い! 落ち着いて何度もポケットに手を入れても固くて薄い手帳的なアイツがいない。かれこれ30回以上USA出張の機会をいただいているが、こんな事は初めてだ。大変な事になった…….落とした?いつ?出国時の検査ではあったはず、相当アワアワした感じでもと来た道を戻り始める。免税店で僕と同じくらいアワアワした女性店員さんがいたので思わず「ひょっとして…..パスポートとか…」と話かけると被せるように半分悲鳴のような声で「落とされました?!!」と僕のパスポートを出してくれた。ここがUSAだったらこの女性と100%ハイタッチしただろう。200%自分が悪いが、本当に日本って良い国だなぁと都合よく再認識し、無事搭乗。

僕は、飛行機で寝るのが得意だ。どんな体勢でも何時間でも寝れる。あまりに寝すぎて目的地についてから隣の席の人から褒められたり、心配されたり話しかけられる事が多々ある。離陸の瞬間を感じる事など過去に数度しかない。今回も朝早かったのですぐ寝ようと座席に座る。飛行機は満席、おそらく乗り継ぎで利用している人も多いと思う。隣の席に座った団体は男女グループでカンボジア旅行に行くらしく、話は現地に着いてからのどう行動するかで話が盛り上がっていた。

どんなに騒がれても寝れる自信が僕にはあった。以前USA出張の時、少年野球チームの団体のど真ん中に僕が座るという事があった。ほぼ監督のポジションだ。僕の顔スレスレにクッションが飛び交う「飛行機版まくら投げ」があっても僕は寝れた。ふと隣に座る男性を見ると何故か手に紙パックのミルクティーを持っていた。既に開封しストローが差しこまれ、おそらくタップタプにミルクティーが入っている。いやそれ自体は問題ない。問題はここからだ。飛行機が動き始めた段階でその彼が寝始めたのだ。手にタプタプのミルクティーを持ったまま。100%手から落とし大惨事になるだろう。数年前、隣の席の女の子のサラダドレッシングが全て僕のズボンにかかった事があるのでトラウマになっている。さすがに灼熱の地についた時にズボンがミルクティーでベタベタになっているのは避けたい。可能な限り腰から下を彼から離れた壁際に避難し、その瞬間を待つしかなかった。

眠い、寝たい、でもミルクティーが怖い…..いつの間にか僕も寝てしまったが、結局彼は、機内食の時間も片手で大切そうにミルクティーをもったままアクロバティックに食事をしていた。そこまでして捨てずに持っている。もはやもう僕には紙パックの中身が実はミルクティーではなく違う高価なお酒などをいれているのかと思えてきて、気になってしかたがない。着陸が近づいてきた時、「あ、これ捨ててください」と彼があっけなく紙パックをCAさんに渡した。えー!!!今ですか!!!今捨てるんですか!!! もう…..ただ飲みきれなかっただけだったのか….だったらペットボトルにしてくれれば熟睡出来たのにと思いながらタラップを降り、灼熱のタンソンニャット国際空港に降り立った。

暑い….そういえば着陸した飛行機の中でCAさんが34度あるって言ってたな。成田空港から一気に30度上昇。CAさんも機長さんも大変だ。
身体が悲鳴をあげると思っていたけど意外と快適、順応出来た自分に少し安心した。でも、よくよく考えるとそんな事で悲鳴をあげるシビアなセッティングが必要な身体でも体型でもなかった。

沢山の名前が書かれたお迎えのボードを持った人達をすり抜け、屋外へ。バーガーキングとかもあって、思ってたよりも近代的だタンソンニャット国際空港。

さぁここからである。お迎えの人は当然いないので空港からホーチミン中心地まで10km弱、20分から30分程、どうやって行こうか。成田空港で調達したWifi を起動させる。無反応…..再起動する…..反応なし……あれ、うまく起動しない。会社へ無事到着しました報告も出来ないし、中心地へのアクセス方法もわからない。このままじゃ大変マズイ。でも時間ならあるから、とりあえず落ち着こうとした。その時、空港を清掃している女性スタッフの方と目があった。

帽子には「PAN SERVICES」。パンのサービス…..。いやいや、今この瞬間、サービスをして貰いたいのは僕の方である。思わぬ不意打ちで笑ってしまい、話しかけて写真を撮らせてもらう。初めての会話、初めてのネイティブベトナム語。全くわからない…..。とにかく「ナイスハット!!」を連発すると女性も笑いながらベトナム語で返してきて最初のコンタクトが終わる。いやぁ〜全くわかんないベトナム語、そういえば文字もアルファベットのようでどう読んでいいかわからない。

そうだ、そんな時に秘密兵器をShige-san に借りてきてたんだ。Easy Talk!!

日本語でコイツに話しかけるとベトナム語に変換され音声で流れ、ベトナム語を聞き取って、日本語に変換される優れもの。完全にドラえもんの「翻訳こんにゃく」である。さぁこれでベトナム語もベラベラだと思ったものの、コイツを起動するにはWifiに接続する必要がある。結局、普段絶対読みたくない取扱説明書トラブルシューティングをしばらく繰り返し試してみるしかない。しばらくして、ようやくWifiが繋がりようやくスタート地点についた。移動開始である。

とにかくボッタクリのタクシーも多いので気をつけるよう事前に言われていたので作戦を考える。信頼出来るタクシー会社がわかったものの100%その会社のタクシーに乗るにはどうすれば良いのか。到着口のタクシー乗り場で乗るのは順番によって決まってしまうので賭けになる。ピンポイントで拾おうと荷物をまるごと抱えて出発階まで移動。空港にお客様を送ってきたタクシーを狙ってそのまま飛び乗る作戦にして難なく成功。ようやく空港脱出である。普段なんてことなく出来ている事にとんでもなく時間を取られてしまった。

初めてのベトナム、初めてのベトナムタクシー、初めての市街地ドライブ、ドキドキしないわけがない。出来るものならタクシーの窓から手を出してシンチャオ!!(こんにちは)と叫びたくなるがそこまで社交的でもないし、それ以前に道いっぱいに広がるバイクの多さに面くらう。バイク、バイク、バイク…..それぞれが車間距離が異常にない状況のなか、ごく普通に走っている。3人乗り、いやいや4人乗りもありなのか。ほぼサーカスじゃないか。


タクシーの運転手さんの右手は、シフトチェンジ以外、常にクラクションをならしているのだが、日本のそれと違ってなぜか嫌な感じがしない。

不思議だ、不思議すぎる、クラクションで会話が出来るような勢いで鳴らし続けているが、不快にならない。むしろ心地よい。そうか、「自分はここに居ますよ、気をつけてね」と周りに認知させる為のツールとしてクラクションを活用しているから嫌な感じを受けないのか。クラクショントークを理解した頃、ホテルに着いた。ありがとうタクシーの運転手さん。

それでは記念に〜はい、Go! with MOON!!

ホテルは中心街に位置するホーチミン1区。日本のビジネスホテル並みの値段だったが、明らかに僕には勿体ないオーラが半端無い。



とはいえ、ようやく一息つける。まずは携帯の充電をとコンセント差込口を見ると理解不能な3つの穴と220Vの表示にしばらく釘付けになる。

おぉ〜なんも調べてなかった〜終わったわ〜と思いながらとりあえず4,300キロ離れた本牧横浜ムーンアイズ営業スタッフのタジマ君に連絡。速攻で調査結果の返信が来る。 さすがだ….こういう危機的な時、いつだってムーンアイズスタッフは助けてくれる。結果として、コンセントをこのまま差し込む事も可能で、コンセント側に変圧器もついているので問題ないと。翻訳機に続き、またしても現代のテクノロジーに救われた。僕のように最低限の事すら調べずに突き進むとこうなるのである。

暗くなっても熱気溢れるホーチミンの街に出てみる。歩道では、食べ物の屋台がそこらじゅうに出ている。

なんだろう。お!バインミーだ! フランスパンに酢漬けの野菜、パクチーなどのハーブ、お肉を挟んだサンドウィッチは家内が好きで一度日本のオシャレなお店で一緒に食べた事がある。ホーチミンのリアルなバインミー屋台に遭遇し感動したが、そこは良くも悪くも本場である。全てがなにもかもオープンキッチン。そもそも屋台にオープンもクソもないかもしれないが、僕が観た屋台は、お客様側に調理側を丸ごと見せている。調理の際に出るゴミも卵もオープン。卵ってつかうんだっけ。生卵?全てが生々しくて屋台を見てるだけで心拍数があがってくる。女性店主が背中で語ってくる。「食べたい人だけ食べに来な」一口もまだ食べていないのに、この国の「食」のパンチ力の凄さを感じる事が出来た。

「スミさん、どうも〜」振り返るとVans Japan のWさんがホテル前まで来てくれた。そう、今回のベトナム出張、Wさんと会うのが大きな目的の一つであり、明日の市場調査も一緒に動いてくれる頼もしいお方。Wさんは年4回、4ヶ月ほどベトナムでシューズに関連する仕事をこなしているのでベトナムのエキスパートでもある。

思い返すと、2015年、MOONEYES Area-1 に来られた一人のお客様から「MOONさん、Vansとかやらないの?」という声をきっかけに、Shige-sanより「スミ、Vans さんにアポ取って売り込んで来て」となり、単身でVans 本社に伺った時に対応してくれたのがWさん。

僕は社外の人をなにかしらお仕事の話を進める時、必ず美味しいところだけでなく、条件面など言いづらい事も最初に言う事にしている。美味しい旨味成分のところだけで盛り上がっていざ動き始める時、やっぱりこの条件じゃ無理となったら意味がないし、時間の無駄になるからだ。これは失敗する度に、繰り返し繰り返し何度もShige-san から言われて身につけた。初回はとりあえず優しいアイスティー的な顔合わせ….とか無理なのである。初対面で苦い苦い青汁を一緒に飲んでくれたらチャンスはある。なのでVans 本社で初対面のWさんに対し、初回からかなり無茶苦茶な事を企画提案、条件提示をして、Wさんを苦笑いというか失笑させてしまったのを覚えている。完全に玉砕しちまった!! と落ち込んでいたら奇跡のプロジェクト始動となり、僕にとって初めてのシューズ作りに関わる事になった。それから何かある度に「あれやりたいんです!こんな事やりたいんです!」と僕が言う無謀な希望を「それ面白いですね!」とカタチにしていってくれたのがWさん。現在はMOONとのプロジェクトから離れ、日本、ベトナム、ミャンマーを拠点に動かれる方となったが、何かつまづいた時は今でも相談している。

「とりあえず、歩きますか!」Wさんの声に、夜のホーチミンの街へ動き始めた。

とにかく交通量が物凄い。日本だと人や車両の動きで現在どちらの通りの信号が青になっているのかわかるが、ホーチミンだと交差点をしばらく凝視していてもわからない。どちらも青なの?と思うくらい両方向からの車両が絡み合いながら交差点を抜けていく。歩道もバイクが当たり前に走っているし、正直どのタイミングで交差点を渡れば良いのかわからない。「ゆっくり歩いていけば相手もかわすので大丈夫です」とWさんが言ってくれるので調子に乗って歩いていると「スミさん、危ない」となる。まだベトナムに来て数時間、”大丈夫”と”危ない”の境界線が理解出来ていない。この感覚は、だいぶ僕の中で壊れ、日本に帰国してから、普通にクルマが来ているのに交差点を渡ろうとしてしまった。人の感覚は恐ろしい。

「あれがホーチミンさんの銅像です。」ホーチミン市1区グエンフエ通り市庁舎前まできてWさんが教えてくれた。

「えー!ホーチミンって人の名前だったんですか〜!!」全く知らなかった…..。浅すぎるベトナム知識……明日の市場調査は大丈夫なんだろうか。高さ7.2m、人の部分だけでも4.5mある故ホー・チ・ミンさんの銅像の前で少し不安になるが、なにを今更感が半端ない。身体で覚えるタイプだからとポジティブに考えるようにする。歩く、とにかく歩く。





人も多いが通りが華やか! ホワイト、グリーン、ピンク、街中にネオンが溢れている。そりゃ信号を見ている暇もない。歩道では、いたるところで鮮やかなオモチャを売っている。長女へのお土産に買おうかと一瞬悩んだが、そもそも何のオモチャなのかを説明出来る自信が父には無い。それにしてもカップルのバイクが多い。停車していてもバイクに座り、楽しそうにカップルが時間を過ごしている。そうか今日はバレンタインデイ。世界共通な事を確認出来て明日の市場調査に期待が持てる。

バイク、バイク、バイク、そしてほぼホンダ、ホンダ、ホンダ……(ベトナムのマーケットでホンダのシェアは7割)。日本よりタイヤ径が大きい車両が多く、時々 Honda Lead も歴代全モデルを振り返れるほど見かけるのでLeadを愛するWildman は涙を流すだろう。クルマを所有するのは高すぎる関税、手数料の事もあり一般的な市民にとって難しく普及率は3-5%。皆バイクが移動手段。ウーバーのような「Grab」アプリを使えば4輪の個人タクシーを呼べるが、Grabバイクもあり、4輪よりお得。バイクの二人乗りなんて気の知れ会う人たちが行うイメージだったが、ベトナムでは、普通にはじめましてから数秒でヘルメットを被り、Grabバイクライダーと二人乗りをして目的地に向かう。暗い人間の僕からすると、ちょっとカルチャーショックだったが、ずっとベトナムで生活をしていたら人見知りも改善されるかもしれない。

「Wさん、ご飯どうしましょうか。さっきからバインミーの屋台とか肉の丸焼き的なの見ますけど」

「……僕は、そういうの無理です。スミさんよく考えてください。炎天下の中で、いつ作っ………(自主規制)……….」意外、超意外。こちらの生活に慣れている人は、手慣れた感じでサクサクって屋台で食事済ませたりしてるのかと思ってた…。もういたるところで地元の人が食事をしているのである。お風呂の椅子のような小さい椅子に座って普通に歩道で鍋料理とか楽しんでいる。そうか、さっきからどんなダイナミックかつワイルドな夕食になるか考えていたけど、ここはWさんにお任せ。安全、安心、適度な冷房、衛生的な場所で初めての食事。素晴らしいそして美味い。かつてないほどにスマートだ。食事が美味しいと今年のHot Rod Custom Show (12月1日開催)の Vans Shoes の企画も盛り上がる。明日の市場調査のやる気も出てきた。

明日のスケジュールを最後に確認し、食後のお茶を飲もうとしたら、なんと茶柱が立っていた。人生41年でこんな事は初である。茶柱が立つなんて「まんが日本昔ばなし」の世界だけだと思っていた。縁起が良い。

「明日もきっとうまくいく!!」

嬉しくて思わずマイ スタンディング 茶柱の写真を撮影して眠りについた。

帰国後、撮影したお茶の写真を確認したら湯のみのフチにピントが合っていて、肝心のお茶の方は何が茶柱なのかすらわからなかった….。
入社12年。僕のカメラ人生はなんだったんだろう。

(行くぜ! ベトナムホーチミン! 弾丸1.5日、Go! with MOON の旅 後編に続く)
by “Pan” Sumi
Supported by “Hiro” Wildman Ishii(題字)
“Taxi” Hatanaka(Design, Edit, ミルクティーイラスト、励まし)

(後編予告)
もう久しぶりのトリップレポートで脱線しまくっていたらベトナム半日でアホみたいに長くなってしまいました。すみません。
残されたベトナムでの滞在時間は残り1日24時間。一発大逆転!! 奇跡は起きるのか!!! って煽ってみましたけど、クルマバイクの写真が極端に少ないレポートですので、極端に暇すぎる状況になって、かすかに興味があったら又見てみてください。長文にお付合いいただき有難うございました。


"Shi Zu Kani – Keep Calm and Stay CQQL""

今年も皆様のご協力のおかげで、28th Annual YOKOHAMA HOT ROD CUSTOM SHOW 2019 の開催が決定致しました! このカルチャーが大切な方々が一丸となった結果です。本当にありがとうございます! 会場周辺の問題は変化なく今年も今まで同様 "SHIZUKANI" です。

2014年の "Be Calm, Not Loud – Shizukani," から始まったキャンペーン、 2015年は "Save The Yokohama Hot Rod Custom Show"、2016は "Respect Our Kulture - Mamoroh!"、2017は "Grow Together – Sodateyou" 2018年 のスローガンが "Cherish Our Kulture – 大切に – Tai setsu ni" 、そして今年で6回目になるキャンペーンは もう一度原点に戻り "Shi Zu Kani" / "Keep Calm and Stay CQQL" です。

最初のキャンペーンスタートから5年経ち、主催する我々も含め常に YOKOHAMA HOT ROD CUSTOM SHOW が存続危機にあるという意識が低くなって来ています。どういった経緯でこのキャンペーンがスタートしたのかを知らない方々も多くいらっしゃる様です。今年も皆様にご協力を頂き、周知、徹底はもちろんの事、我々を含め皆様の熱い気持ちを一つにし、このカルチャーを守って行きましょう。2019年はもう一度原点に返り "Shi Zu Kani - Keep Calm and Stay CQQL" をキャンペーンとして掲げ、今年も 1年に渡りこのキャンペーンを進めて行きます。皆様のご協力、宜しくお願いします。

HCS2019 今年のOfficial ハッシュタグは
#hcs2019, #shizukani, #keepcalmandstaycool, #savetheyokohamahotrodcustomshow

今年も情報の拡散にご協力ください!