Monologue

吽を目指して

皆様、明けましておめでとうございます。

元旦は、自宅の目の前にある山を登って天満宮へ初詣に行ってまいりました。普段静かな天満宮もこの日ばかりは、場外まで初詣に来られた方々の列が続いています。つい昨年まで娘が通っていた幼児園もこの天満宮の中に併設しているので何度も足を運んでいたのですが、行列に並んで一歩、また一歩と進んで行くと、見える景色が全く違うもんです。手すりこんな立派だったっけ?とか狛犬なんてあったんだとか、普段いかに色んな事に気付いていないのかわかりますね。

お約束のおみくじは「吉」。僕にしては、まぁまぁ出だし好調じゃないですか。 おみくじに書いてある「願事、待人、失物、旅行、商売……」などの今年はこうだ! 的な一言は一切読みません。ナニ吉か確認したら、もう頭の片隅に残らないようにマッハで木に結んで終わりです。だって、ちょっとでもネガティブな事が書いてあったらショックじゃないですか。気になって気になって何のために初詣に来たのかわからなくなっちゃいます。もう既にこのブログを書いている時点で気になってしょうがない…。もし「大凶」だった場合の中身をちょっと調べてみたら…….凄まじい内容……もはやスパルタン過ぎてアドバイスとして受けとめられない。境内で膝から崩れ落ちるでしょう。やっぱり、お囃子とか獅子舞とかりんご飴の屋台とかを見ながら「 今年も頑張るぞ!!」と軽〜く自分におまじないがかかればいいんですよ僕なんかの場合は。

2019年も脱線しましたね。本年も宜しくお願い申し上げます。

ボヤボヤなんかしていられないのは百も承知なんですが、例年1年の中で1月と2月は一番ふわふわしているというか腑抜け感が抜けません。たぶんまだ身体からおせち料理エキスが抜けてないからでしょう。シャキッとしないといけません。特に今年はストリートカーナショナルズが3月10日開催なので二ヶ月前倒しで動いていかないと。

早速、新年恒例の一年の目標、抱負を書き出したのですが、もうこの人の事しか考えられないんですよ。


Hiro “Wildman” Ishii
そう、皆さんご存知のWildmanですね。MOONEYES の中じゃ Shige-san に次ぐ枕詞キングじゃないかと。「ピンストライパー界のパイオニア Wildman」「変幻自在の Wildman」とかいくらでも作れそうですね。

「あの…… Wildman」おぉ〜何かすごい重みがでそうで良い、次の機会に使いましょう。さすがに僕もMOONEYES広報として12年いますからね。Wildman への取材対応や、Wildman 紹介文の作成など数えきれないほど担当してきています。なもんで、極端な事を言えば、目を瞑って「心眼」だけでWildman の紹介文を書く自信があります。いや心眼じゃ無理か、薄目だったらスラスラ書けます。

「まだ日本に Pinstriping という言葉が根付いていない1989年、
MOONEYES Signs & Pinstriping Studio はスタート。
日本で最初の Pro Pinstriper が誕生した瞬間でもある。
彼の名は Hiro “Wildman” Ishii。
巨匠 Ed “Big Daddy” Roth の下で修行した際に
名付けられた “Wildman” は、
現在も世界中のファンを魅了し続けている………」

皆さんは、Wildman はいつもニコニコしているイメージを持っていると思います。間違っていません。大正解です。名前とは裏腹に超温厚な人ですからね。スタッフも皆そう思っていると思います。
だがしかし! 僕は、過去に「あの…Wildman」 を激怒させてしまった経験があります。もう鮮明に覚えています。

入社してから数年間、何一つオールジャンルで仕事が出来なかった僕の一番苦手な仕事は、「撮影」でした。
もう酷いもんで、イベント撮影で数百枚全部ブレブレとかザラにやってたのでカメラに触るのすら恐怖を覚えていた時期がありました。
そんな時、Wildman が描くポスター用にクルマの写真を撮ってきてほしいと頼まれ、念には念をおして何枚も何枚も撮った後、Wildman に見せたら、ニコニコしてた表情がみるみると表情が曇っていき…….
「こんな写真が下手くそな広報初めてだ!!」と怒られたんですね〜。当時、毎日毎日誰かしらから怒られていましたが、Wildman に怒られたのはこの時が最初で最期。さすがに相当凹んだのを覚えています。

しばらくして2009年、Wildman 20周年イベントをやるというハナシが出て、担当者として指名されたのが、当時営業発送部門の一番若手だったTAJI こと田島君と、通信販売部の一番若手だった GAKUこと坂上さん(現在は新潟で活躍中)、で広報で一番下っ端だった僕の三人。全員イベント運営未経験かつ各部署の一番経験が浅いスタッフを突然責任者として指名した Shige-san の決断は、今思い返しても凄すぎると思います。MOONEYES としても、Wildman としてもリスクだらけというかほぼリスクしかないですからね。

最初に3人が集められて、Shige-sanからの指示が、Wildman 20周年のイベント名命名、イベント期間の設定、イベント内容、展示物、限定商品企画、発注、販売まで、全て自分たちで好きに決めて良い、そして完結まで進行する事以上、というスタートでした。これが2009年に MOON Garage で40日間開催したWildman 20周年イベント “Ace High Only One Wildman”(通称 AHOOW)です。僕にとって初めてのイベント運営は Wildman のイベントでした。もう、AHOOW の事はあまりにも山あり谷ありの連続で、泣きそうになってきたのと書き出したら止まらないと思うので又別の機会にします。

そう、あれから10年、2019年の今年、Wildman はPro Pinstriper 30周年を迎えるんです。あんな事、こんな事、もうやりたい事を妄想しはじめています。

ここまでは、昨年までの自分と同じ。妄想している状態ですね。初詣で行った天満宮の狛犬で言ったら右側の口を開けた狛犬「阿形」です。全ての物事の始まりです。ここから広報として、しっかりとカタチ(企画)を作り、完結まで持っていくようにしないといけません。これが2019年の目標、抱負です。僕は、あれこれ妄想ばかりで完結まで持っていける事が本当に少ない。思いついた事を完結させる、これが出来たら狛犬でいう左側、口を閉じた狛犬「吽形」。

「阿形」「吽形」- 阿吽、始まりから終わりまで対応する。2019年、臨んでいきます。

そう、Wildman は自宅も徒歩圏内のご近所さんなんで同じ天満宮に初詣に行っているんですよ。しかもそこの幼児園の卒業生。という事は、ウチの娘の先輩にあたるわけです。

Panスミ親子共々、Wildman 先輩っす。

今年もよろしくお願い致します。

MOONEYES 広報 Pan スミ


"Cherish Our Kulture – 大切に – Tai setsu ni"

2014年の "Be Calm, Not Loud – Shizukani," から始まったキャンペーン、 2015年は "Save The Yokohama Hot Rod Custom Show"、2016は "Respect Our Kulture - Mamoroh!"、"Grow Together – Sodateyou" そして 2018年 のスローガンが "Cherish Our Kulture – 大切に – Tai setsu ni" に決定いたしました!

自分達の Kulture を大切にしようという意味を込めたスローガンです。今年も 1年に渡りこのキャンペーンを進めて行きます。皆様のご協力を宜しくお願いします。
HCS2018 今年のOfficial ハッシュタグは
#hcs2018, #cherishourkulture, #taisetsuni, #savetheyokohamahotrodcustomshow

今年も情報の拡散にご協力ください!

今年も皆様のご協力のおかげで、27th Annual YOKOHAMA HOT ROD CUSTOM SHOW 2018 (以下 HCS2018) の開催が決定致しました! このカルチャーが大切な方々が一丸となった結果です。本当にありがとうございます!
会場周辺の問題は変化なく今年も今まで同様 "SHIZUKANI" です。